【スポーツ】フットボールにおけるダービー・マッチとは?

イギリスにおいて、かつては労働者階級のスポーツだったサッカーは、プレミア・リーグが作られ、莫大な放送権料が生じるようになってから、その環境は大きく変わったと言われている。また、いわゆるフーリガン問題が深刻化し、その対策に各クラブが積極的に取り組みようになって、スタジアムも安全な場所になっていく。多額の移籍金を用意することができるようになったことで、海外からも有名な選手がイギリスにやってくるようになり、騒動も起きなくなったスタジアムには女性や子どもの姿も見られるようになっていく。
そして、労働者階級の男性のものだったサッカーは、やがて階級や性別を超え、高騰するスタジアムのチケットが購入でき、ケーブルテレビ代を払うことができる人たちだけが観戦できるスポーツに変わっていく。環境が本質を変えてしまう好例。しかしながら、昔ながらの雰囲気が残るのがダービー・マッチ。この時ばかりは、スタジアムの雰囲気は昔ながらの熱気と殺気を帯びることになる。この本は、そんなイギリスのダービー・マッチについてまとめたノンフィクション。

英国のダービーマッチ

英国のダービーマッチ

取材されたのは、シェフィールド(Sheffield Wednesday vs. Sheffield United)、バーミンガム(Aston Villa vs. Birmingham City)、ノースロンドン(Arsenal vs. Tottenham)、マンチェスター(Man United vs. Man City)、リヴァプール(Liverpool vs. Everton)、グラズゴー(Celtic vs. Rangers)、エジンバラ(Hearts vs. Hibernian)、タイン・アンド・ウィア(Newcastle vs. Sunderland)。もちろん、この他にも、クラブの強弱にかかわらず、各地域にはそれぞれのダービーが存在している。そして、試合が近づいてくるにつれて、スタジアムだけではなく、街全体が熱くなっていくのだ。
Jリーグにも「ダービー」を名乗るものがあり、例えば、横浜F・マリノス川崎フロンターレの試合は「神奈川ダービー」と呼ばれれることが多い。確かに、近場同士の戦いであり、ライバル意識からそれなりの盛り上がりを見せはするが、本書を読むと、これはやっぱり本物の「ダービー」ではないことがわかってくる。マリノス栗原勇蔵選手は次のようにコメントしている。「そもそもフロンターレのことをライバルだとは思っていない。F・マリノスフロンターレではサッカーの歴史が違うから。」サッカーにおける「ダービー」というのは、スポーツを超えた「歴史」が必要なのだ。
そのことは、本書の各章に置かれたエピグラフを読むだけでよくわかる。
「あえて言うならば、サンダーランドAFCを応援している人たちは、ニューカッスルFCよりも自分たちのほうが優れていると思っていて、ニューカッスルの人たちはサンダーランドよりも優秀だと思っている。サッカーはそのライバル意識を表現する最高の方法なんだ。」(「タイン・アンド・ウィア」の章)
「彼らは単にチームのために戦っているんじゃない。主義のために、そして応援してくれるみんなのためにプレイしているんだよ。」(「グラズゴー」の章)
そして、次の言葉が「ダービー」の意味合いを端的に表している。
「あの人にはハーツとハイブスの間にある緊張がちゃんとわかっていたとは思えない。二つのクラブはライバル関係にあって、もっと言えば憎みあっているんだ。」(「エジンバラ」の章)
イギリスの場合、地元のクラブは単なるスポーツの勝敗だけでなく、それぞれの地域の持っている歴史や信仰などのもっと大きなものを背負って、これまでずっと試合を戦かってきたのであり、そしてこれからも戦っていくのであろう。
このことはイギリスに限ったことではなく、ヨーロッパ各国に共通する感覚である。例えば、なぜ、バルサのファンはレアル・マドリーにあれほどのライバル意識を抱くのか。最近は、地域を超えて、いわゆるビッグ・クラブを応援する人たちも増えてきているのも事実であるが、しかし、それでも「ダービー・マッチ」だけは特別な存在であり続けるのではないか。それがヨーロッパのサッカーの大きな魅力であることは確かであろう。
本書で紹介された以外にも、イングランドには百以上のローカル・ダービーがあるという。詳しくは、次のサイト参照のこと(http://www.soccer-king.jp/sk_column/article/298050.html?pn=2)。サッカーが、いかに地域に根付いているかがよくわかる数字でである。個人的には、やっぱり、悪名高いロンドンの「ドッカーズ・ダービー」(ウェストハム vs. ミルウォール)を入れて欲しかった。
サッカーというスポーツの奥深さが伝わって本。