【小説】マッシュアップ小説とは…

ジェイン・オースティン&セス・グレアム=スミス、『高慢と偏見とゾンビ』安原和晃訳(二見文庫)

高慢と偏見とゾンビ ((二見文庫 ザ・ミステリ・コレクション))

高慢と偏見とゾンビ ((二見文庫 ザ・ミステリ・コレクション))

翻訳の帯には「ロマンス×ホラー×アクション」(×のところには「remix」のルビが付いています)。
ジャケットが印象的なので、ペーパーバックで出ていたことは知っていましたが、学生さんから翻訳も出ていることを教えてもらって注文していたのが届きました。本来、読み終わってから書くべきなのですが、数ページを読んだところ、どうしても先を読み進める気になれなくて、そのままになってしまっています。面白くなさそうで…。スミマセン。これがアメリカでは百万部売れているというのですが、どうなんでしょうか? 私には理由がわかりません。
「解説」によると、オースティンの『分別と多感』(映画『いつか晴れた日に』)の怪物版や『高慢と偏見』の続編も出ているそうですが、なんか、悪ふざけのような感じだけがしてしまいます。もっと出版すべき、翻訳すべき小説があるのではないかと、頭の固い研究者としては思ってしまいます。

オースティン・ブームにあやかって関連モノを出していくことを「オースティン産業」と言います。映画化がその最たるものですね(というか、オースティンの場合、映画化によって人気が出たことに出版界が乗じているのですが)。
高慢と偏見』のパロディといえば『ブリジッド・ジョーンズの日記』がすぐに思い浮かびます。ただし、こちらは良質なパロディーの感じがして、原作もそうですが、映画の方も楽しみましたし、結構、繰り返して観ています。

また、有名な小説家でもあるエマ・テナントの『ペンバリー館』(筑摩書房)や『リジーの庭』(青山出版社)のような続編も次々に出されており、翻訳されてないものを合わせると、随分な数になります。未訳ですが、『高慢と偏見』のヒロインのエリザベスを主人公にした探偵小説も出ています。でも、共通して言えることは、非常に個人的な感想ですが、やっぱりオースティンの作品の方が格段に面白いんですねえ。私がすぐれていると思える作品は、先の『ブリジッド』くらいでしょうか。

ペンバリー館―続・高慢と偏見 ジェイン・オースティン

ペンバリー館―続・高慢と偏見 ジェイン・オースティン

リジーの庭―『自負と偏見』それから

リジーの庭―『自負と偏見』それから

ここはぜひ、『高慢と偏見とゾンビ』は興味のある人に読んでもらって、まずは感想を聞いてから読んでみようと考えているところです。誰か試してみてください。ちなみに、翻訳を紹介してくれた学生さんも15ページくらいで頓挫してしまっているそうです。

このような、複数の作品を掛け合わせて新しい作品を作っていく手法を「マッシュアップ」と言います。たぶん、もともとはクラブDJが用い始めた手法で、一時期、代官山のBounjour Recordsが強力にプッシュしていたベルギーの兄弟DJの2 many dj'sあたりがはしりではないかと思います(下記のCD)。日本ではChari ChariのリミックスCDとか。つまり、すでに流通している複数の曲を掛け合わせて新しい曲を作るというスタイルです(例えば、ディスティニー・チャイルド×10CC)。これが意外に新鮮で、私もこの新しい発想にまいって、一時期は熱心にこの手の曲を聴いていました。

As Heard on Radio Soulwax Pt 2

As Heard on Radio Soulwax Pt 2

ただ、音楽のときは面白く感じたこのスタイルですが、今回のような小説の場合、どうなんでしょうか? 音楽の場合、混じり合った音を感覚的に聴くことができますが、小説の場合、混じり合った文字を感覚的に読むというわけにはいきませんから。
この翻訳の「解説」には、マーク・トウェインの『アーサー王宮廷のコネチカット・ヤンキー』(早川文庫に翻訳があります。下記は彩流社版)や映画『ウェストサイド物語』がその先例として言及されていますが、それは違うと思います。これらはいわゆる「マッシュアップ」ではなく、既成の作品の背景や舞台を枠組みとして利用しているものであり、先の2 many dj'sらが音楽でやろうとしたものではなく、むしろクラシックの名曲をジャズにアレンジしてアドリブを加えたもの、例えば、オイゲン・キケロの『Classics in Rhythm』に近いのではないかと思います。興味のある人は聴き比べてみてください。

アーサー王宮廷のコネチカット・ヤンキー?マーク・トウェインコレクション (16)

アーサー王宮廷のコネチカット・ヤンキー?マーク・トウェインコレクション (16)

Classics In Rhythm (Jazz Club)

Classics In Rhythm (Jazz Club)

いずれにしても、「マッシュアップ」の場合、掛け合わせることが予想外の各曲の面白さを引き出して、それが化学反応のような感じでうまく作用していくのですが、この小説の場合、そういうところにまではいけてないような気がします。みなさんのご意見を伺いたいところです。

ということなので、作品そのものにはあまり興味がないのですが、いわゆる「ゾンビ」ものの小説が盛んに書かれていることには大いに興味があります。
実は、『高慢と偏見』だけでなく、未訳なのだと思いますが、『不思議の国のアリス』やヴィクトリア女王がらみのゾンビや幽霊モノが次々に出ているようです。

Alice in Zombieland: Lewis Carroll's 'Alice's Adventures in Wonderland' with Undead Madness

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Queen Victoria: Demon Hunter

Queen Victoria: Demon Hunter

この現象はいったい何なんでしょうか? 興味のある人は、これらの作品を読んでみて、「パロディとしてのゴースト物語」とかのテーマでレポートを書いてみるといいかもしれませんね。