【コミック】ハムレットか? テンペストか?
2年前に非常勤@戸塚の学生さんに教えてもらって読み続けてきた『絶園のテンペスト』がいよいよクライマックスを迎えるところまできた。第8巻で最後だろうと一気に読み終えようと思ったが、どうやら勘違いをしていて、次の第9巻で完結らしい。発売は5月22日。楽しみである。
- 作者: 城平京,彩崎廉,左有秀
- 出版社/メーカー: スクウェア・エニックス
- 発売日: 2013/01/22
- メディア: コミック
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イギリスの文学作品の背景にはどうしてもキリスト教があるので、人間の意志を超えた力が働いていることが前提とされ、例えば、トマス・ハーディなどは、人間がいかにしてその大きな力に抗しながら自らの意志で選択して生きていこうと文字通りに命を懸けて生きていく様を描き続けた。前期の授業のひとつで『テス』を読んでいるが、読み返していくにつれ、そのことを改めて感じている。
そのような物語の多くの主人公たちは、結局は人間の力を超えた意志(『絶園のテンペスト』では「理」と呼ばれる)に破れて悲劇的な結末を迎えることになる。この物語の中でも、「理」の持つ絶大な力をことあるごとに痛感させながらも、それに従わない未来を人間も選ぶことができるのではないか、という信念のもとで人物たちは行動する。そういう意味では、このコミックには、人間は神の御心に従いながら生きるしかないのか、あるいは自らの「自由意志」を持ち得ることができるのかという、19世紀末以降のイギリスの懐疑論的な議論につながるテーマが主音となっていることがわかってくる。ゼミで読んでいる、ジョン・ゴールズワージーの『林檎の木』でアシャーストとステラが交わす神の意志をめぐる議論と重なっている。
各巻の末尾に添えられた「あとがき」などを読むに、原案者はかなりの文学通であることがわかる。それだけに、単純に絵柄に頼るだけでなく、もうひとつのプロットを流すためにも文字による引用文に大きな役割を持たせているのだろう。思わぬ引用から気づかなかった意味を引き出されることもあって、そのお陰で、作品世界の奥行きが深まっていることも確かであろう。たかがコミックと侮るなかれ。非常に文学的で面白い。シェイクスピアはもちろん、19世紀半ば以降の神と人間のあり方についての議論に興味がある人にとっても、面白い視点を提供してくれる作品だと思う。