【雑考】中村俊輔、そしてダービー・マッチのこと

日本代表の試合やそこで活躍する海外クラブに所属する選手についての報道を見ていると、日本においてもサッカーが人気のあるスポーツのひとつとして定着してきたことがわかる。しかしながら、残念なのは、国内リーグであるJリーグに対する関心が思われているほど高くないこと。サッカーの日本代表がワールドカップに出場できるようになった背景には20年前のJリーグの発足が大きかった。代表チームを強くするためには国内リーグの充実は重要で、事実、サッカーが強いとされる国の国内リーグのレベルはどこも相当に高い。それだけに、日本における海外クラブ偏重の報道やサッカー・ファンの関心のあり方とJリーグの報道の少なさや集客力の少なさはちょっと心配。代表を強くするためには、その下支えであるJリーグが強くならないといけないはずなのに、ACL(アジア・チャンピオンズ・リーグ)では柏を除く3チームが予選敗退という事実が示すように、日本の国内リーグはアジアの中でも強くはなくなってきている。これは大きな問題では?
今シーズン、出だしのところで横浜F・マリノスが好調で連勝を重ねてきた。先発メンバーのほとんどが30歳を超える「おじさん」チームと自嘲的に言っているが、そんな「おじさん」たちが素晴らしい活躍をしている。特に中村俊輔は好調で、素晴らしいプレーを続けている。でも、今シーズンの彼が一番違っているのは、あからさまに感情表現するようになったことだ。もともとシャイな選手で、勝手も負けてもあまり感情を表に出さなかったのが、今年は、FKを決めれば飛び上がって喜び、負けや引き分けの試合では顔をしかめて本当に悔しそうな表情を見せる。プレーにしても、どちらかといえば自らは動かずに周りの選手をうまく使うイメージがあったが、今は、攻撃だけでなく、身を挺して守りにも参加している。とにかく、足の状態はよくないはずなのに、必死でグランドを走り回っているのだ。「俊輔のようなベテランで実績のある選手がどうしてそこまで…?」とも思うこともあるが、試合後のインタビューなどで口にする覚悟が彼にあるからだろう。年齢的なことを考えると、そう長くマリノスでプレイすることはできないと考えてもおかしくない。それから、シーズン前、俊輔はマリノスと2年契約を新たに結んだが、もしかしたらそこで契約更新をしない可能性もある。そう考えると、確実にマリノスでプレーする機会はあと2年しかない。そのことが俊輔に鬼気迫るプレーをさせているのだろう。とにかく、傍目にも、今年の俊輔はこれまでとは違うことがよくわかり、それは感動的ですらある。
マリノスからイタリアのレッジーナへ移籍し、その後、スコットランドセルティックに移籍し大活躍、スペインのエスパニュールではうまくいかなかったが、マリノスに戻るとき、「自分が戻るべきクラブがあることは本当に幸せ」と語った俊輔。「引退はやっぱりマリノスで…」と思ってしまうが、この春先、スコットランドセルティックが、かつての俊輔の活躍に敬意を表して「引退は自分たちのクラブで。その準備はするつもりである」と申し出てきた。選手としてうれしいことであるのは間違いないし、そこまで言ってくれるなら受けて欲しいとも思わないでもない。もし俊輔がそのオファーを受けるのであれば、それは現実的には来シーズンの終わりになるような気がする。今シーズンの俊輔のプレーは本当に素晴らしい。プレーだけではなく、それを支えている精神的な面における充実ぶりも。そういう俊輔のプレーを生で見ておきたい、今年はそう思いながら、無理をしながらもスタジアムに通っている。もちろん、中町、兵藤、富澤ら、他の各選手の後ろ支えがあるからこそ、俊輔も自由にプレーできているんだけどね。それはテレビではわかりにくい。サッカーの好きな人は見ておかないと本当に損。興味がない人にもきっと伝わる想いがあるはず。
一応、イギリス関係のブログなので、最後にイギリスに関わることを。Jリーグでも「なんとか・ダービー」と地域的に近いクラブの試合を称して呼ぶことがある。神奈川ダービー横浜FM、川崎、湘南)や埼玉ダービー(浦和、大宮)、あるいは、よくわからないが多摩川クラシコFC東京、川崎)というものもある。「ダービー」というのは、「地域の近い、伝統的にライバル関係にあるチーム同士が行う試合」のことなので、日本の場合、伝統も実力も差のあるクラブ同士が単なる地域性だけで組まされている場合も多く、「どうなの?」と思わないでもないが、世界に目を向けると、例えば、イングランド・プレミアのマンチェスター・ダービー(ユナイテッドとシティ)などが有名である。
かつて俊輔が所属していたセルティックグラスゴーという都市のクラブであるが、この街にはグラスゴー・レンジャーズというクラブもあり、この両クラブが常に優勝を争ってきた。グラスゴー・ダービーである。日本では理解できないが、この都市の場合、単に個人的な好みで贔屓の方を選んでいる訳ではない。「ケルトの人(Celtic)」と名付けられたセルティックのサポーターの多くは、19世紀の大飢饉の際にアイルランドから移民してきた人びとを祖先に持ち、カトリック教徒の人たちが多いとされている。だから、エンブレムはシャムロックのデザインでユニフォームは白と緑の縞模様。両方ともアイルランド文化を象徴するもの。一方、「王室森林保護官(Rangers)」という名前を持つレンジャーズのサポーターの多くはプロテスタント(長老派)とされ、イングランド寄りでブリテン支持派が多いとされている(だからユニオン・ジャックを掲げる)。このように両クラブが激しく対立するのには、単なるサッカーへの興味だけではなく、その背景にサポーターたちの民族意識、宗教感情、政治的立場、文化的相違などがあるからだといわれている。だからこそ応援も感情的に激しくなることが多い。

イギリスの社会について何か考えていくと、扱われているテーマそのものだけでなく、地域性、階級、宗教、ジェンダーなどのあらゆる要素が実に複雑にからみ合って、単純に白黒がはっきりわかるものはほとんどない。サッカーのようなスポーツについてさえもそうである。それを理解するのはとても難しいけど、だからこそ学んでいくのが面白い。現在、クラブ経営の問題点が指摘されてレンジャーズはスコットランド・プレミアの第4部リーグに落ちてしまって再出発の努力をしており、しばらくはグラスゴー・ダービーは実施できないが、いずれはまた両クラブが相見えるのが楽しみである。