【小説】時間旅行のツアーはいかが

年に数回、友人たちと指導教授のところで読書会をやっているが、ジョージ・オーウェルを読み終わったので、次はH. G. ウェルズの小説を順番に読んでいくことになった。ウェルズというと、自分の中では、SF小説の先駆者であり、また社会主義的な小説を書いた作家という、わかるような、わからないような、そんなイメージがあるので、これから作品を読んでいくのが楽しみである。
今回は、第1作目の『タイム・マシン』を読んだ。意外なことに(と言うと叱られそうだが)、長編小説はペンギン版で簡単に入手できるようなので、まとめて買っておくことにした。ここでは数ある翻訳の中でも、ウェルズについての論文も書かれている橋本訳を紹介したい。

タイム・マシン 他九篇 (岩波文庫)

タイム・マシン 他九篇 (岩波文庫)

どうも「時間旅行」のモチーフを本格的に小説に取り込んだのはこの作品が初めてのようである。それまでも、主人公が過去に戻ったり未来に行ったりという設定はあるが、その多くは、その人物の意志に関わらず、何らかの事情でそうなってしまうというものがほとんどであった。この小説は、「タイムトラベラー」と呼ばれる人物が、自分の意志でもって未来へと旅立ち、しかも時間の移動については科学的な根拠で一応は説明されるという点で他のものとは大きく違っている。その点に、この小説の新しさがあるのだろう。これ以後、小説のみならず、さまざまな分野において「時間旅行」のテーマが用いられるようになり、現在に至っている。
物語は、いわゆるチャイニーズ・ボックス型の語りの中に語りが入り込むもので、荒唐無稽な物語に少しでも信憑性をもたらせる工夫がされている。科学の理論によって時間旅行を可能にするマシンを発明した人物は、はるか先の未来の世界へと旅立つ。そこでは、人類は二つに分かれ、地上では身長120センチくらいの無力だが気品のあるイーロイが、地下では毛むくじゃらで身体能力も高い類人猿のようなモーロックが、それぞれ暮らしていた。初めは、地上のものたちが地下のものたちを搾取することでその生活が成り立っているものと考えたが、後にそれはまったくの誤りで、地下のものたちが地上のものたちを食用に飼育をしているのではないかと考え至る。
このことは、明らかに、当時のイギリスの社会に対する批判と、そのままの状況を続けていると人間社会そのものがダメになっていくというウェルズの主張を表している。19世紀のイギリスは、ベンジャミン・ディズレーリの「二つの国民」が象徴するように、貧富の差が極限にまで開いただけでなく、豊かで富める人々が貧しい人々の窮状にまったく無関心になっていたことがしばしば指摘される。作品の中でも触れられるが、ウェルズは、社会格差を生み出す社会構造そのものだけでなく、むしろそんな社会的な無関心について批判をしているのだ。つまり、このままの状態を続けると、恵まれた人々はその生活にすっかり満足することで向上心を失い、その後の進歩につながるような努力をやめてしまう。一方、搾取され続けた人々は努力を続けることで、やがて恵まれた人々に勝る能力を身につける。こうして、やがては立場が逆転してしまうというのだ。
この物語の中でタイムトラベラーは未来の地上人のひとりウィーナと疑似恋愛関係に落ちるが、このエピソードは、おそらく他者への「無関心」を強めた同時代人に対して、ウェルズが他者への「共感」こそが人間社会を破滅から救う唯一の道であることを示すものであろう。この点では、例えば、ウィリアム・モリスなどに確実につながっている。その割には、ウィーナのタイムトラベラーに対する想いの強さに比べ、彼の方がかなりドライであることは気になるが…。
その後、タイムトラベラーはさらに未来へと旅を続け、生物が、人間→イーロイとモーロック→蟹のような甲殻類→黒っぽいウミウシ(のようなもの?)へと退化し、やがては何もいなくなることを見つけてしまう。ここでは、ダーウィンの進化論によって、生物のみならず社会も進化し、どんどんよくなっていくであろうという楽天的な幻想に対する強烈な批判を読み取ることができる。
かなり昔に読んだだけで詳細は記憶に残っていなかったのだが、今回、読み直してみて、物語としての面白さを再確認すると同時に、物語の展開や作り方がかなり大ざっぱだという印象も受けた。今後、ウェルズの作品を読んでいくことで、そんな印象が変わるのか、そのままなのか、というのも楽しみである。
余談になるが、急に原田真二の「タイム・トラベル」が聴きたくなって、iTunesのダウンロードしてしまった。世代的に知らない人も多いと思うので書いておくが、原田真二は、デビューから「てぃーんず ぶるーす」、「キャンディ」やこの曲が大ヒットして、そのかわいい容貌からアイドル歌手のように受け止めらてしまう。その頃、中学生だった私は、同郷ということもあったのか、このミュージシャンの曲には特別にセンスの良さを感じていて、こっそりとだけどよく聴いた記憶がある。今回、本当に久しぶりに聴き直してみて、そのときの感じはやっぱり間違っていなかったと再認識。ポップ感覚は本当に素晴らしいので、ぜひ、聴いてみて。懐かしく、新しい。
Feel Happy 2007~Debut 30th Anniversary~

Feel Happy 2007~Debut 30th Anniversary~