【小説案内】イギリスの探偵小説の面白さ

廣野由美子、『ミステリーの人間学―英国古典探偵小説を読む』(岩波新書

ミステリーの人間学―英国古典探偵小説を読む (岩波新書)

ミステリーの人間学―英国古典探偵小説を読む (岩波新書)

廣野由美子氏は京都大学大学院人間・環境学研究科教授。本書は、京都大学京都大学総合人間学部で行った「ミステリー研究」という講義がもとになったもので、チャールズ・ディケンズウィルキー・コリンズアーサー・コナン・ドイル、G・K・チェスタトンアガサ・クリスティーなど、謎解きの物語や探偵を主人公にした物語を書いた作家たちについて紹介したもの。入門的で非常に読みやすいのでお薦めです。

そもそも、「小説」という文学形式は、必ず「謎解き」の要素を含んでいます。殺人や強盗などの事件の犯人探しではないにしても、人間の感情の起伏について(例えば、どうして自分はこの人が好きなんだろう…、といったこと)も、その理由を考えていくことは、ある意味では探偵の仕事に近い作業となりますよね。

この本の中でも言及されますが、「探偵小説」とは程遠いように思われるジェイン・オースティンの作品でさえ、「謎解き」をキイワードに考えていくと面白く読めることがよく指摘されています。
例えば、『エマ』という作品。

エマ (上) (ちくま文庫)

エマ (上) (ちくま文庫)

エマ (下) (ちくま文庫)

エマ (下) (ちくま文庫)

この作品は、恋愛や結婚相手探しの物語とからんで、主人公の精神的な成長が描かれる物語と解釈されることが多いのですが、見方を変えると、「探偵小説」として読むこともできそうです。なぜなら、とにかく謎が多く、そのひとつひとつが順番に解明されていくからです。「いったい誰がピアノを贈ったの?」といった具体的な謎もあるのですが、オースティンのうまいところは、脇役をめぐる多くの謎を物語の伏線として密かに使っていることです。
つまり、初めて読むときにはまったく気にもかけないような些細な事柄(例えば、シャレードアナグラムなどの言葉遊び、ある男性人物がロンドンまでわざわざ散髪に行くこと、など)に実は予想外の理由があった!と、作品を読み終わったときには全部つながっているのです。
オースティンのこの作品は、読み返すたびに新たな発見があるといった指摘がされており、確かに、初めて読んだときよりは二度目が、二度目よりも三度目が…と、何度読んでも飽きない小説になっていると思います。事実、初めて読んでいるときにも、「あ、そういえば…」と思い当たるところがあって、先に進むのではなく、元へ戻っていくという読み方をしたことを覚えています。
特に『エマ』こという作品構成の巧みさは本当に見事で、オースティンの小説家としての技量の豊かさがよくわかる作品ですが、いわゆる「謎解き」が物語を面白くする上で大きな役割を果たしていることがよくわかります。だまされたと思って、ぜひ、読んでみてください。面白いこと請け合いです。まあ、そういう面がなければ、長い物語に読者を引きつけ、ずっと読み続けさせることはできないでしょうね。
ただ、オースティンの場合、影響を受けたのは探偵小説ではなく、ゴシック小説(当時のホラー小説)だと思います。怪奇現象を描いた物語でありながら、現代のホラー小説のように超常現象ですませるのではなく、すべて論理的に謎が解明されていきます。あのときにヒロインが見た幽霊の影は、実は…という感じで。そういう意味もあり、ゴシック小説は、ホラー小説の系譜を生んだとともに、探偵小説の流れも作ったともいわれています。近々、イギリスにおける初めての探偵小説ともいわれる『ケイレブ・ウィリアムズ』という作品も紹介します。

そういう意味では、あらゆる小説は「探偵小説」ということができる。まずは本書を読んで、基本的な見方を勉強して、「イギリス小説における探偵小説的要素」なんてレポートを書いてみるのもいいかもしれませんね。

しかしながら、本書の魅力は、読み終わった後、紹介された小説を読んでみたい、と思わされるところです。
私も、もともとディケンズやコリンズは大好きな作家ですが、たまたまチェスタートンについても違う意味(カトリック作家として)で読み直してみようと思っているところだったので、まとめて読んでみたくなりました。クリスティを含め、イギリスの探偵小説には面白いものが多いし、何よりも「社会」や「人間」が中心に描かれているだけに、十分な研究の対象にもなります。特にクリスティなどはもっと評価されるべきですね。いずれ、私も、近いうちに授業で取り上げてみたいと思います。