【入門書】サマセット・モームを読もう

久しぶりのブログになりました。先々週より体調を崩しており、なかなか書き込むこともできずにいました。ようやく復調してきました。周りのみなさんにはいろいろとご心配をおかけしました。でも、歳のせいか、無理はできないってことですね。
先週末、名古屋で日本オースティン協会の大会がありました。内容についてはまたご報告したいと思いますが、帰りの新幹線で読もうと思って、深澤先生に勧められた下記の本を名古屋の丸善で購入しました。面白かったので紹介したいと思います。

サマセット・モームを読む (岩波セミナーブックス S10)

サマセット・モームを読む (岩波セミナーブックス S10)

モームです…。最近はますます読まれなくなってきたような気もしますが、著者の行方先生を中心に日本モーム協会が再創設され、会誌も復刻されるなど、一部では盛り上がっているようです。ただ、愛好家の平均年齢は高いようですが。会誌は、フェリスの図書館にも入れてもらうようにしましたので、興味のある人は読んでみてください。
私の場合、たまたま修士課程の後輩(といっても、年上の方で、私の方がとてもお世話になりました)がモーム修士論文を書いており、そのお付き合いもあって、随分と熱心に読んだ時期があります。そのときに、長編はもとより、短編もほとんど読んだのではないでしょうか。ただ、エッセイと演劇は読んでいません。
そのときの感想を思い出してみると、随分と面白く読んだことを記憶しています。ただ、ここで言う「面白く」というのは、例えば、ブロンテ姉妹やジョージ・エリオット、あるいはヴァージニア・ウルフやE. M. フォースターなど、自分が「面白く」読んできた作家たちの作品とは意味合いが違うように思います。これらの作家と比較してみると、私にとってモームの作品は英語でいう"shallow"という形容詞がピッタリなような感じがします。
モームのような大作家をつかまえて(膨大な作品数と影響力の大きさを考えると、まさに「大作家」だと思います)、「浅薄な」はないだろうと自分でも思うのですが、そこには批判めいたニュアンスはありません。むしろ、あれだけ読みやすい文体でぐいぐいと読ませる作品を書くというのは相当な才能だと素直に思います。それでも、「でも…」と続けてしまいます。
この「わかりやすさ」というのがミソなのだとは思います。考えてみると、私はモームを日本で読んだ記憶はあまりなく、長編や短編の小説のほとんどを原文で読んでいることに気づいてびっくりしました。もちろん、難解で読みにくい個所やなかなか頭に入って来ない部分はあるんですが、平均して読みやすい英語になっているのだろうと思います。それだけに、昔は大学の購読テキストや入試問題に頻繁に使われたのでしょう。ただ、理由は英語の読みやすさだけにあるわけでもなさそうです。行方先生が好きな作品として挙げている『人間の絆』(私はこの邦題に違和感を感じていたのですが、本書を読んでその理由がわかりました)にしても、これはさまざまなことを考えさせる作品ですし、同時に大きな感動も与えてくれるのです。ところが、やっぱり、「でも…」と続けてしまいます。
行方先生は、モームが読まれなくなった理由について、「時代が変わったから、今の感覚からはわかりにくいが、モームの時代には大きなショックを与えるような考え方であった」といったニュアンスで説明します。第二次世界大戦の頃には、モームの書いていることは大きな衝撃を社会に与えたのだ、と。しかし、そう言ってしまうと、元も子もなくなってしまうのではないか、と思ってしまうのは私だけでしょうか。このレトリックであれば、つまりは、モームの作品は使命を終えてしまったことを認めてしまうことにはならないでしょうか。なぜ、今の時代にモームを読むべきなのかの説得的な理由にはなりません。
本書の中で、同じように読まれなくなった作家としてオールダス・ハックスリーの名前が挙げられていますが、その理由は違うような気がします。ハックスリーの場合も時代が変わったからなのでしょうが、彼の場合、作品の衝撃度がなくなったからではなく、彼の作品を読みこなすだけ知的な読者がいなくなってしまったというのが大きな理由のような気がします。私がハックスリーの隠れファンだからかもしれませんが、彼の作品を読んでいて"shallow"な感じはまったくしません。
ただ、先にも書いたように、だからと言ってモームのことを低く評価している訳ではなく、心から偉大な作家であると思います。作品は面白いですし、考えさせられることもあります。ただ、うまく言えませんが、その作品のわかりやすさ故に複数の解釈を許しにくいところがあるのが大きな原因なのかもしれません。いずれにしても、まだまだ私のモームの読みが甘いのだろうとは思います。
本書がすぐれてるところは、読後にモームの作品を読み直したくなってしまうところではないでしょうか。直接にお話を伺ったことはありませんが、「行方節」が十分に伝わる質疑応答もあり、大いに楽しめるものとなっています。モームの小説と同様に読みやすいところがすごいと思います。ただ、問題は、本書を先に読んでしまうと、扱われているモームの作品を読んでしまったような錯覚に陥ってしまうだろうこと。それだけ本書がすぐれた入門書だということですが、みなさん、まずはモームの作品を読んでから、行方先生のお話を伺うことにしましょう。その逆はもったいないですよ。
いろいろと書きましたが、やっぱりモームは面白いと思います。読んだことのない人は、ぜひとも、一冊は読んでみませんか。