【入門書】適切な「入門書」とは?

今日、神楽坂の学会事務局の用事を済ませ、また神田神保町に寄って帰りました。しかし、今日は暑かったにも関わらず、これといった本もなく、久しぶりに手ぶらで帰りました。そのときに立ち寄った三省堂の「イギリス文学」のコーナーに下記の本が平積みにされていました。

知っておきたいイギリス文学

知っておきたいイギリス文学

「知っておきたいイギリス文学」という、なんとも魅力的なタイトル、しかも執筆者のひとりに知人が入っている。思わず手にとってはみたのですが、ページをめくり、目次をひと通り確認すると棚に戻してしまいました。随分と広い範囲を網羅していて、それなりに参考になりそうではあるんですが、文字通りの基本的な作者と作品の説明のみ、扱われている作家・作品も翻訳のあるものに限っているためか、一応、イギリス文学を専門としている者から見ると目新しさはない感じだったからです。では、イギリス文学に興味のある人の参考になるのかといえば、これもどうなのか、今ひとつ疑問です。
そこで思い出したのが、こちらは思いきり知人たちが関わっている次の本。
あらすじで読むジョージ・エリオットの小説

あらすじで読むジョージ・エリオットの小説

送っていただいたものについて意見するのも何なんのですが、この本をいただいたとき、この本が果たしてイギリス文学に興味のある人やこれから読んでみようという人たちのよき導き手となるのであろうか、と考え込んでしまいました。確かに、本書にあるように、研究する上で上手にあら筋をまとめることには、作品理解を深める上で意味があると思います。でも、それは、作品を読んだからであって、作品を読まずしてこういう本を読んでしまうと、それは果たしてよいことのなのだろうか、と強く疑問を感じてしまいます。一応、私が専門にしているオースティンについても同類書の準備がされていると聞いて、ますますそんな思いが強くなります。
話は少し外れますが、私が大学院を出る頃だったか、「現代思想冒険者たち」というシリーズが講談社から出始めました。私が現代思想を学び始める導き手となったのがこのシリーズで、フーコーデリダをはじめ、ほとんどを読んだ記憶があります。
フーコー (「現代思想の冒険者たち」Select)

フーコー (「現代思想の冒険者たち」Select)

その頃、ある先生にそのことを話したとき、次のようなことを言われたことを今でもよく覚えています。「私たちの頃は、哲学や思想を学ぶときには、いわゆる選集(アンソロジー)を読んだものだったが、最近は、思想家の文章そのものを読まないで勉強するんですね」と言われて、中央公論社から出ていた「世界の名著」シリーズのことを挙げられました。これは今でも古本屋の店頭で500円くらいで売られている濃い紫色の箱に入ったシリーズもので、世界の思想家のほとんどを網羅している便利なものです。そのとき、私は自分の教養の浅さを痛感し、これはもしかしたら、自分たちの世代全体の浅薄さを象徴していることではないかと考え込んでしまいました。その後、私も、何かを知りたいときには、まずはこのシリーズのものを読むようになりました(単純ですね)。ただ、何を知るにしても、その著者の書いた文章そのものを読むことは大事だと思います。研究生活に入って20数年になりますが、ますますその思いは強くなっていきます。そんなとき、作者や作品を紹介した短文やあら筋だけを掲載している紹介本を見ると、一応、イギリス文学の教育に関わっている者として、果たしてこれでよいのだろうかと考えてしまいます。この点についてはいろいろな考えがあると思いますので、ぜひ、みなさんのご意見を聞かせていただきたいと思っています。コメントをよろしくお願いします。
では、私にとっての理想のイギリス文学の入門書は何かと問われれば、いくつか思いつくものはありますが、まずは下記の本を挙げたいと思います。
英米文学で何を読むか (1971年)

英米文学で何を読むか (1971年)

1971年に出版された本書に古さは感じられません。イギリス文学では、小野寺健先生、春にお亡くなりになった川本静子先生が参加されています。その他のメンバーも大物たちで、小野寺先生や川本先生が「若手(‼)」なのです。この本の魅力は、それぞれが読んだ本について実に熱を込めて話をしていること。「これは面白い」「いやいや大したことなんじゃないか」などと、まさに生きた声で英米文学の作品の魅力が語られているのです。あら筋が紹介されることは稀で、作品について紹介する前にその魅力が裁断されているのですが、むしろそれによって作品対する興味が掻き立てられるのです。おっ、この本は面白そうだな、と。私も何冊か古本を探して買ってしまいました。例えば、小野寺先生が訳されたリチャード・ヒューズの『ジャマイカの疾風』。
ジャマイカの烈風 (1970年) (世界ロマン文庫〈12〉)

ジャマイカの烈風 (1970年) (世界ロマン文庫〈12〉)

読後に、読んでみたいと思わせるような本がたくさん出てくるようなものこそ、「理想的な紹介本」ではないでしょうか。未読の人は、ぜひ、古本屋のネットで探してでも本書を読んでみてください。こういう本が埋もれてしまっているのは非常にもったいないと思います。
それにしても感じるのは、今の60歳代より上の学者たちの教養の深さと幅広さ。その世代の人たちと話をしていると、自分の勉強不足を痛感させられ、頑張らねば、と改めて意を強めることもしばしば。でも、果たして追いつけるのか…はなはだ疑問です。ただ、それで諦めてしまう訳にもいかないので、亀の歩みのごとく、ゆっくりとやっていこうと思います。