【短編】ロレンスの描く「牧師の娘」

以前のブログでジョージ・オーウェルの『牧師の娘』をレポートしたことを書いたが、D. H. ロレンスにも「牧師の娘たち」という似たタイトルの短編があるので、それも合わせて読んでみることにした。原題は、オーウェルの方がA Clergyman's Daughterで、ロレンスの方は"Daughters of the Vicar"。同じように牧師の娘を扱いながらも、両者の作家としての資質の違いがはっきりとして面白いのではないかと期待した。
オーウェルの方はすでに詳しく書いたので、ここではロレンスの作品について。物語は、イギリス国教会の若い牧師夫妻がある教区に引っ越してくるところから始まる。この牧師は貧しく、妻も持参金がないため、経済的には自分たちが期待していたレベルの生活を送ることができず、妻はそれが不満で、やがて夫のことを内心では憎むようになる。また、ここの教区には新しくできた炭鉱夫たちのみすぼらしい住宅が次々に増えており、偏狭で保守的な牧師は農夫たちとだけ付き合うことで見栄だけを何とか保っている。だから周りの労働者たちとはうまくいかない。子どもたちが次々に生まれるが、周りの子どもたちとは階級が違うからと遠ざけて育てていく。こうして、周囲には彼らに対する羨望と憎しみが根づいていくことになる。長女は美しく誇り高く育つが、年頃になっても、持参金がないためにふさわしい結婚相手が見つからない。たまたま病気をした牧師を手伝いに若い牧師がやってくることになり、一家は大いに期待するが、これが男性的な魅力に乏しい小さな男だったのがっかりする。しかし、これが老嬢(未婚の年配の女性)にならないですむ最後のチャンスと考えた長女は、現実的な理由から自分の意に反して彼の求婚を受け入れる。両親も即物的な判断だけでそれを許可する。ただ次女だけが猛反対する。この次女は、がっちりした体格の娘に育つが、愛のために結婚したいと考え、近所の炭鉱夫の末息子に恋をしている。この息子は、未亡人となった母親と暮らしているが、いつまでも自立心を持てず、自分の意思で行動することができない。母親も、それがだらしないと思いながらも、ついつい甘やかせてしまう。そして、あるとき、牧師の次女がこの炭鉱夫の妻が病気で倒れているのを発見し、看病をしたことで息子と近づきになる。初めは階級差ゆえに溝のあった二人だが、やがてお互いに惹かれ合っていることを認めるようになる。やがて炭鉱夫の妻は死に、息子は牧師の次女に求婚し、その許可を得ようと牧師館に出かけていく。そこで冷たく扱われながらも、「身分違いの結婚は一家の迷惑になるので、遠くに住むのであれば」という理由で結婚許可される。ふたりは、すぐにでも結婚し、カナダへ移住することを決めるところで物語は終わる。
二人の姉妹の結婚を対照的に描いているこの作品は、ロレンスの小説の特徴的なものの多くを備えている作品といえそうだ。階級差、愛とお金、母親と息子など、いずれもおなじみのテーマが込められている。ただ、もっとも印象的なのは「"hate"(憎む)」という言葉がしばしば使われていること。牧師夫妻は周りの労働者を憎むだけでなく、お互いを憎んでいる。娘もお互いを憎み合い、両親を憎んでいる。長女も自分の夫のことを憎む。また、労働者たちは子どもも含め、この牧師の一家を憎んでいる。このように、この作品には「憎む」という言葉が頻繁に使われ、実際、「憎しみ」だけでつながっているような人間関係が描かれている。ただ、次女と炭鉱夫の息子とは、この「憎しみ」からは何とか解放されている。その理由は、お互いの「肉体」のイメージに惹かれているからだ。彼女は彼の立派な体格に惹かれ、彼は看病で疲れて眠る彼女のうなじに惹かれる。二人の間には損得勘定は存在しえない。それだけではなく、実感できる目の前の「肉体」に魅了されているのである。「肉体と精神」の問題はロレンスの小説の主テーマでもあるが、それが凝縮されるかたちでここでは扱われている。
オーウェルとの違いは、明らかにこの作品には「ユーモア」が感じられないところであろう。オーウェルの場合、どんなに悲惨な状況を描こうともどことなくユーモアを感じさせるが、ロレンスの場合、徹底的な「憎しみ」しか存在しない世界を描いている。結末は、保守的なイギリスを逃げ出して、新天地カナダで新たな人生を切り開くという希望を持って読むべきであろうが、もしかしたら、貧しい生活が続くのであれば、この二人にも「憎しみ」が生まれることだってあり得るであろう。次女も、母親や姉のような嫌な人間になる可能性も大きい。
ロレンスの作品には、どれにもリアルな社会問題が込められているが、この短編もその例外ではない。特に、アッパー・ミドルと労働者の階級差を実感するためには格好のテキストといえそうだ。翻訳も探してみたが、全集以外には、下記の短編集に収録されているものが見つかった。すでに絶版かもしれないが、探してまでも読む価値のある作品と言えると思う。

乾し草小屋の恋―ロレンス短篇集 (福武文庫)

乾し草小屋の恋―ロレンス短篇集 (福武文庫)