【漫画】シェイクスピアの『テンペスト』?

今日の非常勤@戸塚でようやく前期の授業が終了した。本当は先週の試験で終わっているべきところを、私の掲示ミスで1週間ほど長くなってしまった。これから採点に追われることになるが、ようやく夏休みに入った感じになった。と言っても、今年は雑務で大学に出ることは多く、休みという感じはまったくしないのだが。
その非常勤@戸塚で授業を担当している学生のひとりが貸してくれた漫画をようやく読んだ。例外的に岡崎京子は好きで時どき読むこともあるが、もともとコミックを読む習慣は昔からまったくなく、新旧を問わず、ほとんど読んでいない。特に少年漫画はあまり絵柄がきれいでないものが多いのでなおさらで、漫画を読む時間があれば短編小説を読んだ方がいいとずっと思っている。そんな私が読んだのが下記の作品。これは第1巻。

絶園のテンペスト 1 (ガンガンコミックス)

絶園のテンペスト 1 (ガンガンコミックス)

現在まで3巻が発行されているので3冊を借りたのだが、授業の準備などに時間を取られてなかなか読むことができなかった。たぶん、すぐに読まなかったのは、この作品に(というか漫画そのものに)あまり興味がなかったということもあったのだが、ところが読み始めてみると、これが意外に面白いどころか、何だかすっかりはまってしまって一気に読んでしまった。
そもそも、なぜこの作品を借りることになったのかは次のような事情がある。今年度、非常勤@戸塚では、入門的な演習形式の授業のほかに、こちらも1年生向けの入門的なイギリス文学の講義を担当している。この講義の初めての授業の際に、読んでいる/読んでいないを問わず、興味のある文学作品を挙げさせたのだが、その中にシェイクスピアの『テンペスト』が挙がっていた。これが、シェイクスピアでももっと有名な作品、例えば、四大悲劇や『ロミオとジュリエット』などの悲劇、あるいは、『真夏の夜の夢』などの喜劇のいくつかの名前が挙がっていれば、そんなに気にはならなかったはずが、「なぜに『テンペスト』?」と引っ掛かってしまった。そして、たまたま、それを書いた男子学生がその後の演習の授業にも出ていることもあったので、好奇心から尋ねてみた。「『テンペスト』は何かの授業で読んでいるの?」「いいえ。まだ読んだことはありません。でも読んでみたいと思っています」「どうして『テンペスト』なの?」「漫画で『絶園のテンペスト』というのがあって、それが面白かったから興味を持ちました」。そんな感じのやり取りだったと思う。そのときには、「ああ、そう」という感じで話は終わったのだが、しばらくして別の男子学生が、その漫画を持ってきてくれたという訳である。
第1巻を読み始めると、いきなり野島秀勝訳の『ハムレット』から「世の中の関節は外れてしまった。ああ、なんと呪われた因果か、それを直すために生れついたとは!」というセリフが引用されているのを読んで、一気に引きこまれてしまった。『テンペスト』なので、この作品にもある事情から無人島に流れ着いた魔法使いの女の子が出てくる。そして、魔法をめぐって物語が進んでいくのであるが、ここまで読んだ感じでは、むしろもうひとりの殺されてしまった少女の方がキーになりそうだ。
この女の子がしばしば『ハムレット』からの一節を引用し、それが物語全体をひとつにまとめているように思われる。つまり「復讐」がひとつの大きなトーンとして作品の背景に流れている。それが大きく変わるのが、第2巻の終わりのところ。彼女の彼氏であり、物語の主人公のひとりでもある少年が、どうして悲劇の『ハムレット』から言葉を引いてくるのかを尋ね、復讐にこだわり過ぎるこの話は「縁起が悪過ぎるって」と言ったところ、彼女は次のように答える。「では、同じ復讐の話でも、最後は皆が幸福になる物語からにしましょうか」と言って、「孤島の魔法使いの物語」である『テンペスト』の名前を挙げるのだ。そして、今は悲劇に向かってまっしぐらの現実を「悲劇じゃない物語」にするために自分がここにいることを悟った少年は、いよいよ本気になり、物語が一気に加速していくことになる。おそらく、これから先が、いよいよ『テンペスト』を下敷きに物語が進むであろうことが予測される。なぜ、少女は殺されなければいけなかったのかをはじめ、いくつかの謎が解き明かされていくのであろう。
文学の批評用語に「間テクスト性」という言葉があるが、そういう話をしたこともあり、後期の授業では、『テンペスト』とこの作品について話をしなくてはいけないだろうなあと考えている。それにしても、きっと女子大だけで教えていたら、たぶん、この作品のことは知らずにいただろうと思うと、やっぱり共学で教えるのもいいなあと思わないでもない。『テンペスト』といえば、キャリバンをめぐるポストコロニアルの議論が盛り上がったときにいろいろと読んだことがあるが、これを機会に作品と批評を少し読み直してみようと思う。夏休みの課題を学生さんからもらった感じで、そういうのもなかなかよいと思う。
それにしても第4巻が楽しみ。早く出ないかな。少年漫画であるが、それだけに女性がこれを読むとどう思うのかには興味がある。特に二人の少女の描き方はロマンチック過ぎないだろうか。女性の感想を聞きたいところである。