【小説】理想の女性に育て上げる?

夏雄さん、コメントをありがとうございます。Scarthin'sに行かれたことがあるとは……驚きました。でも、トップ10を選ぶというのは難しいですよね。入っていてもおかしくはない有名な本屋さんが入っていないのは確か。夏雄さんが挙げてくれているもののほかに、個人的には、ケンブリッジでは、Heffersも、なくなってしまいましたが、古書のGalloway & Porterも忘れたくないところです。日本では、まだ行ったことはないですが、町田の高原書店も気になっています。
本屋さんにも浮沈があるようで、ケンブリッジの顔であったHeffersはオックスフォードのBlackwellに吸収されるし(ケンブリッジの知り合いの先生が、「オックスフォードにやられてしまった」とすごく嘆いていたのを覚えています)、この夏に十数年ぶりに訪れたケンブリッジでは、新刊ではDillonsもなくなっていました。DillonsはWaterstone'sに吸収されたんですね…。青字に金文字の袋が懐かしい…。調べてみて驚いたのですが、あのHatchardsも、歴史に敬意を表して名前は残してあるそうですが、Waterstone'sの傘下に入っているようです。チェーン店ではなく、独立して本屋を経営していくことは難しいということがよくわかります。Galloway & Porterについては、下記のような紹介記事がありました。
http://www.bookstoreguide.org/2009/03/galloway-and-porter-cambridge.html
また、次のようなお店の追悼記事もあります。愛されていたお店であることがよくわかります。
http://philgroom.wordpress.com/2010/06/18/a-sad-day-in-cambridge-galloway-porter-rip/
本屋さんについてはいくらでも書くことはできるのですが、興味のない人にはつまらないと思いますので、今回はここまで。
先日、非常勤@桜上水の授業のひとつで「階級とことば」をテーマにして、前期にG. B. ショーの『ピグマリオン』を読みました。当然、映画『マイ・フェア・レディ』や『プリティ・ウーマン』にも触れたのですが、「年上の男性が、年若い女性を自分の好みに教育する」という共通モチーフは多くのイギリスの小説の中にも出てきます。今回は、ジーン・ウェブスターの『あしながおじさん』について話をしました。

あしながおじさん (岩波少年文庫)

あしながおじさん (岩波少年文庫)

物語については説明するまでもないかと思います。孤児の少女の成長を描いたこの作品でカギになるのが、やはり謎の援助者の存在。絶対に正体を明かそうとしないこの人物は、作品の最後で次のように自ら姿を現わす。

 すると、あなたはお笑いになり、手をさしのべて、こうおっしゃっいました。
 「かわいいジュディ、ぼくがあしながおじさんだって、どうしてわからなかったんだい?」
 突然、すべてがぱあっと頭にひらめきました。ああ、あたしって、なんというおばかさんだったんでしょう! これまで数えきれないほど小さなヒントがあったのに、鈍感なあたしは気づかなかったんです。あたしはいい探偵にはとうていなれませんよね、おじさん?……」(284-85頁)

多くの読者もジュディと同じくその正体には気づかないかもしれませんが、再読してみると、確かにたくさんのヒントが出してあったことがわかります。そこで気づくのは、この人物が主人公に大きな意味を持つのは、生活費や学費の援助もそうなのですが、もっと重要なのは、その人物から時どき送られてくる手紙にあることです。それらは、近況報告に対する単なる返信ではなく、時にはかなり強引な指示を出すこともあります。例えば、マックブライド家とキャンプに行くことについては、いくら主人公が懇願しようとも、強硬に反対し、絶対に許しません。あるいは、この人物が登場するタイミングも絶妙で、主人公がマクブライド家との交流を深める機会があるたびに、何らかのかたちで姿を現しているように思います。授業では、この人物について、「手紙による遠隔操作によって主人公をコントロールするヒギンズ」と説明したのですが、主人公の精神的成長過程において、この人物からの指示が大きな意味を持っていることは確かでしょう。14歳年上だというこの人物は、経済的援助と手紙を通して、見えないかたちで自分の影響力を行使していたように思えてきます。
作品の冒頭は、これまでこの人物は男子生徒の援助のみ行っており、女子生徒については主人公が初めてであることが語られます。そもそも、この人物が、いわゆる優等生ではなく、はねっ返りの面もある主人公のどこに興味を持ったのか説明されません。おそらく、評議会で話される彼女のお転婆ぶりと、そして彼女の容姿がそうさせたのだと思いますが、結末を考えると、ますます先のような考えが説得的に見えてきます。
「子供向けの物語に、何もそんなに深読みしなくても…」と言われそうですね。でも、物語の持つ隠れた影響力については、きちんと考えてみることも大切だと思います。その物語を繰り返し読み継がれることがどのような意味を持つのか、そのことを踏まえずに児童文学を考えてしまうことは、「物語」に備わっている重要な機能を見落としてしまうことになるように思います。こういう話をしていると、時どき「意地悪ですね」と学生さんからも言われることがあるのですが、たまには「意地悪」になって、物事を見ることも大切だと思います。いつもそうだと困りますが。
謎がわかっても、『あしながおじさん』には再読に耐える面白さがあると思います。意外にきちんと読んだことのない人も多いのではないかと思います。初めて読む人も、すでに読んだことのある人も、そんなことを考えながら、ぜひ、読んでみてください。
そうそう、ウェブスターはアメリカの作家でした。