【文化】サミュエル・ジョンソン生誕300周年関連書、まずはジョンソン・ラヴ!

それにしても本当に寒いですね。東京では雪が降ったとか…。なかなかコートも仕舞えないでいます。
いよいよ2010年度の前期が始まり、授業の第1週が終わりました。初めての授業というものはなんだか居心地が悪くて緊張してしまいます。やるときはやる、遊ぶときは遊ぶ、メリハリのある生活を心がけたいと思います。でも、難しいんですよね。

先回の話で書いたとおり、サミュエル・ジョンソンの生誕300周年がらみで日本でもいくつか関連本が出版されました。私が送っていただいただけでも下記のものがあります。

サミュエル・ジョンソン、『イギリス詩人伝』(筑摩書房
サミュエル・ジョンソン、『スコットランド西方諸島の旅』(中央大学出版部)
ジェイムズ・ボズウェル、『ヘブリディーズ諸島旅日記』(中央大学出版部)
諏訪部仁、『ジョンソンとボズウェル』(中央大学出版部)
江藤秀一、『十八世紀のスコットランドドクター・ジョンソンの旅行記をめぐって』(開拓社)

少し前には、ヘンリー・ヒッチングズ、『ジョンソン博士の「英語辞典」』(みすず書房)も翻訳されていますし、出版不況の折、短期間にこれだけのジョンソン関連本が出ているというのは驚きです。出版社を見て気づくのは、3冊を出しているのが中央大学の出版部で、研究機関としての大学の気概と自負が感じられ、手放しに素晴らしい大学であることがわかります。うらやましい限り。また、一部訳であるとはいえ、まさか『詩人伝』を日本語で読むことができるようになるとは思いませんでした。これも快挙だと思います。ジョンソンばかりになっても何なので、上記の本については、順次、頃合いを見ながら紹介していきます。

今回は、まず読んだらよい入門書として、江藤秀一・芝垣茂・諏訪部仁編著『英国文化の巨人―サミュエル・ジョンソン』(港の人)を紹介します。ジョンソン博士についてよく知らない人は、この本でもって、生涯・著作・交友関係などについて簡単に触れることにより、彼の魅力に触れることをお勧めします。

英国文化の巨人 サミュエル・ジョンソン

英国文化の巨人 サミュエル・ジョンソン

先回、紹介した日本ジョン協会とは別に、日本ジョンソン・クラブという愛好グループがあります。こちらは学会ではなく、小ぢんまりとした個人的な集まりで、ジョンソンが主宰していた文学クラブを摸して始まりました。活動は20年目に入りました。年1回ほど集まって、それぞれの1年間の活動を報告するほか、ジョンソン関連の研究報告が行われます。また、本家であるイギリスのジョンソン・クラブとも密につながってもいます。私も、ひょんなことから十年くらい前に加えていただきました。

そのジョンソン・クラブは出版活動を行っており、クラブ結成10周年の1999年には、18世紀英文学研究者のパット・ロジャーズによる『サミュエル・ジョンソン百科事典』(ゆまに書房)を翻訳出版しています。

サミュエル・ジョンソン百科事典

サミュエル・ジョンソン百科事典

生誕300周年、クラブ結成20周年にあたり、日本で広く知られていないことはおかしい、ジョンソンの全体像を紹介する啓蒙書が必要だ、ということで、本書が企画されました。本書の執筆者は、ジョンソン研究者というよりは、むしろジョンソン愛好家(平たく言えば、ジョンソン大好き♡な人たち)として執筆に参加している感じで、どの文章を読んでも、彼に対する敬意と愛情が大いに感じられるものになっています。難しい話はほとんどなく、とても読みやすい文章で、「イギリスにはこんなに面白い人がいるんだよ! 知らないと損しちゃうよ!」という声が、行間から漏れ聞こえてくるようです。私も小文を寄せているのですが、何だか、自分のものには愛情♡が十分でない気恥かしさを感じてしまうほどです。とにかく、ジョンソンに対する♡愛情いっぱい♡の素敵な入門書になっています。

ただ、改めて本書を読み直して、次のようなことも考えました。
18世紀には、男性はコーヒー・ハウスなどに集って「クラブ」を作り、女性は家庭に集って「サロン」を作り…と、男女別々な公共圏を作っていたように理解していました。ところが、ジョンソン主宰のクラブには、選ばれてはいますが女性も出入りしており、結構、大きな影響を与えた女性もいたようです。この点は面白いですね。
また、次のことには違和感を感じました。例えば、アメリカの奴隷制に対して批判的であったとか、スコットランドの人びとには同情的だったとして、本書には、ジョンソンの発言から彼が人道主義者であったとして称揚する向きが強くあります。私は、この点については留保が必要なのではないかと考えています。
というのは、この時代、イギリスの社会そのものが帝国覇権を展開していたのであり、ジョンソンが英国文化を代表する人物であるのであれば、意識的であったかどうかは別にして、彼自身も帝国主義的意識を伝播させる役目を果たしていたことになるからです。例えば、彼がスコットランドアメリカに向けた視線には本当に偏見はなく、当時のイングランド中心主義的が入り混じってはいないのか、そんな点にほとんど触れることなく、発言の一部だけを取り上げてジョンソンを人道主義者と断ずるのは性急な感じがします。彼の全体的姿勢と個別発言とをバランスよく分析し、自分たちのジョンソン理解の相対化をしないと、結局は偏ったジョンソン像を描いてしまうのではないか、そんな危惧も抱きました。ただ、この点を考えていくためのヒントは本書には満載なので、読者のための次なる課題でもあるのだと思います。

いろいろ書きましたが、これを読んで、私にはジョンソンがよりリアルに感じられるようになりました。それまでは、イギリスのモラルの番人とか、マッチョな感じ、といった漠然とした印象があったのですが、不機嫌で、自己中心的で、頑固な人物像にはむしろ親しみを感じました。

昨日、非常勤の帰りに寄った神田の三省堂書店の店頭では村上春樹の『1Q84 3』が叩き売られていましたが、店内のイギリス文学のコーナーに本書が平積みにされていました! 三省堂書店の良心を感じました。
好意的な書評も結構出ていて、増刷もされて…、もっと多くの人に本書を読んでもらいたいなあと強く思います。