【文学史】イギリス文学史を勉強しよう!

たまたまですが、フェリス(後期)と非常勤先の二つの大学(前後期)で、今年度、「イギリス文学史」を担当することになりました。フェリスでは、なくなっていた科目の久々の復活、他の二大学では、担当の先生が研究休暇でお休みのため、その代行で担当します。
そんなこともあり、この春休みに、久しぶりにイギリス文学史関係の本をまとめて読みました。と言っても、新たに買い揃えたもののではなく、自分が大学生や大学院生の頃に読んだものばかりですが。今回、いろいろと読み返してみると新たな発見もあり、感想を添えながら紹介していきたいと思います。

そもそも、「文学史」のような知識を学んでいく授業はどうしても単調になりがちです。自分の学生時代を受けていたときもそんなふうに思っていたので、きっと、みなさんも同じような感想を持つこともあると思います。そうならないような工夫として、知識だけではなく、その時代背景や歴史的事件などを合わせて紹介し、社会史に近い感じの話になるようにできるだけ心がけています。でも、なかなかうまくいかないんですよね。

では、そんな「文学史」をなぜ学ぶ必要があるんでしょうか? 
川崎寿彦著『イギリス文学史入門』(研究社出版)の「はしがき」では、この点について、次のように説明されています。わかりやすいので引用します。

文学史とは航空写真のようなものであるのだろう。たとえば目の前の山だけ眺めていると、それの相対的な位置、標高、山容などがわからない。そんなときは航空写真、とくに斜め上方から写した航空写真を見ると、全体のパースペクティヴがくっきりと浮かび上がってくる。同じように、一人の作家、一つの作品だけにかまけている間はついつい見失われがちな、他の作家、他の作品、他の時代との相対的な関係が、一冊の文学史を読むことによって与えられるのである。」(p. 鄴)

近視眼的になってしまうことを表す「木を見て、森を見ず」という言葉がありますが、ここでは、木を見て、森を見るだけでなく、その森の周りも見てこそ、初めてその木の価値がわかってくるものだ、ということです。自分が興味を持っている作品や作家について考えるときも、好きな作品だけを考えている間は、実はその魅力の一部しかわかっていないのだろうということです。もちろん、「それでいいじゃない」という考え方もありますが、物事というのは相対化してこそ初めて本質がわかることが往々にしてあるので、文学作品の場合も同様だということになります。
ハリー・ポッター』の面白さは、『ナルニア国物語』『指輪物語』『ライラの冒険』のようなファンタジーだけではなく、例えば、『天路歴程』『ジェイン・エア』『デイヴィッド・カッパーフィールド』といったジャンルが違うように思われる作品と比較していくことで、新しい読み方が見えてくるのです。文学史を学ぶということは、各作品のつながり方を再確認し、それぞれの位置づけを確認する作業の第一歩なのだと言えそうです。

では、まずはどの文学史を読んだらいいのでしょうか。
かつて、「イギリス文学史」のテキストといえば、斎藤勇著『イギリス文学史』(研究社)が定番でしたが、これがなんと926ページ(!)もあるのです。しかし、私も大学生のころにこれで勉強しました。赤鉛筆で下線を引いたり、鉛筆で書き込みをしていたりと、ちゃんと通読しているらしいので自分でも偉いと思います。でも、いきなり、この分厚い本で勉強するというのはさすが躊躇するのではないでしょうか。どうも絶版になっているようですし。

イギリス文学史

イギリス文学史

このほか、私が主に使ったのが、朱牟田夏雄ほか著『イギリス文学史』(東京大学出版会)。こちらは263ページにまとめられたコンパクト版で、確か、修士課程の入試の際の復習用にと指導教授の先生に紹介されて買い求めたものです。簡潔な説明でテンポ良く読めたのですが、これも絶版のようですね。

ということで、読み始めのものとしては、先に紹介した川崎寿彦著の入門書がよいのではないかと思います。

イギリス文学史入門 (英語・英米文学入門シリーズ)

イギリス文学史入門 (英語・英米文学入門シリーズ)

本書の「はしがき」にもあるように、新書感覚(といっても、今のような新書ではなく、昔のアカデミックな新書のことで、読みごたえは十分です)で読めるように心がけて書かれており、出張中のサラリーマンが、新幹線の中で読み通せるようなもの、と説明されています。そのため、文章も随分と読みやすいものになっています。

1986年の出版なので古いかと思いきや、そんなこともありません。例えば、シェイクスピアのところでは、「当時は版権の問題もなく、独自性(オリジナリティ)を重視する考え方もなかったから、シェイクスピアは換骨奪胎の才を存分に発揮しつつ、作家としての修業を積んだのであるらしい」(p. 33)といった説明が添えられています。今でいう「間テクスト性」の議論ですが、そんな概念的な専門用語を使わないでも、作者の位置、読者の役割などを考えていく上で大きなヒントになる指摘です。

川崎寿彦氏(1929‐1989)は元名古屋大学教授で、著書には、イギリスの庭園について学ぶときには欠かすことのできない名著『庭のイングランド』(名古屋大学出版会)があります。いずれ紹介したいと思っている本で、私も大好きなものなのですが、そんな本を書くことのできた著者らしい学識と先見の明でもって書かれた本書は十分に信頼に足るものだと思います。

イギリスの小説の全体的な流れを学ぶには、本書と一緒に、同シリーズの下記のものを合わせて読むとよくわかると思います。

イギリス小説入門 (英語・英米文学入門シリーズ)

イギリス小説入門 (英語・英米文学入門シリーズ)

まずは、この2冊で全体的な流れを理解したうえで、必要に応じて、他の詳しい文学史を読んでみるのがいいのではないでしょうか。