【小説】ゴールデン・ウィークは、家でしみじみ本を読む
阿部公彦編訳、『しみじみ読むイギリス・アイルランド文学』(松柏社)
しみじみ読むイギリス・アイルランド文学 (現代文学短編作品集)
- 作者: ベリル・ベインブリッジ,阿部公彦,岩田美喜,遠藤不比人,片山亜紀,田尻芳樹,田村斉敏
- 出版社/メーカー: 松柏社
- 発売日: 2007/06/20
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
- 購入: 3人 クリック: 25回
- この商品を含むブログ (9件) を見る
いよいよゴールデン・ウィークですね。天気も良いし、きっと行楽地(懐かしい響き!)はたくさんの人で溢れていることでしょう。なんて、他人事のように言っていますが、人込みの中をどこかへ出かけるのは本当に億劫です。一人暮らしであれば、たぶん、一歩も外へ出ないで過ごしてしまいそうです。完全に家派の人間なので。
ということで、そんな連休に読んでみるのに良さそうな本を紹介します。
『しみじみ読むイギリス・アイルランド文学』。タイトルがいいですね。情緒的でありながら、どこか渇いた感じのするセンスは、おそらく編者のものではないかと思います。ぐっと感動するのでもなく、何か小難しいことを考えさせられるのでもなく、しみじみなってしまう…。短編集なので、ちょっと空いた時間に読むこともできますし、寝る前にひとつずつ読んでいくのもよいと思います。そのときには、やっぱり、しみじみでしょうか。
収録されているのは、ベリル・ベインブリッジ、エドナ・オブライエン、カズオ・イシグロ、グレアム・スウィフト、フランク・オコナーといった有名な現代小説家、ノーベル賞を受賞したアイルランド詩人のシェイマス・ヒーニーらの詩、アリ・スミスなどの新進の作家と、メニューはバラエティに富んでいます。これを読めばイギリス・アイルランドの現代文学の何かがわかるという訳でもないけれど、それでも、ひとつの方向性が見えてきます。
例えば、「子ども」をキイワードに考えると面白く読めそうなのは、グレアム・スウィフトの「トンネル」とフランク・オコナーの「はじめての懺悔」。
「トンネル」は、階級の違う若いカップルが、親の反対を押し切って秘密の同棲生活を始める話。初めはお互いに対する気遣いがあったものの、やがて隠れ住むストレスなどから二人の心は離れていく。そして、その部屋の窓から見える廃校のグランドで、子どもたちが塀の向こう側へトンネルを掘っていくのが見える。そして、いつしか主人公の少年はそんな子どもたちを応援するようになる。トンネルを掘る行為が象徴しているものを考えれば、作品がぐっとわかりやすくなるように思います。
一方、オコナーの「はじめての懺悔」は、アイルランドの少年の初めて受ける懺悔に対する恐怖心がコミカルに描かれた秀作。散々、脅されたこともあり、自分の罪は許されないのでは…と不安になった主人公の少年は、懺悔の仕方がよくわからなかったがために、思いもしないようなおかしなことをやってしまいます。大人の前では真面目なお姉さん、そして意外に鷹揚で物分かりのいい神父さん、そして、些細なことを大きな罪と思わされて動揺する少年。そのどれもが、いかにもその辺にいそうな感じで親しみが感じられました。主題には、形式的になってしまったカトリック信仰に対する批判めいたものもあるようですが、私は、少年の考えることがよくわかるので、これは少年が大人になっていくひとつの儀式(難しく言えば、文化人類学の「通過儀礼」)を描いたものだと感じました。妙な深刻さがないだけに、よい作品になっていると思います。オコナーには、阿部訳の短編集が岩波文庫に入っていますので、この短編が面白いと感じた人は、ぜひ、そちらも読んでみてください。
実は、グレアム・スウィフトの「トンネル」の方は、私が初めて大学で授業を持たせてもらった非常勤先の高崎にある大学の「英語」の授業でテキストとして使ったものなのです。1990年のことです。今でも南雲堂から注釈付きの英語テキストが出ています。
まだ25歳のときのことで、担当になった学生たちも若いので驚いたようでしたが、私の方も失敗しないように必死でした。今から考えてみると、かなりな無理をしていたのだと思いますが、学生さんがよかったのでしょう、無事に1年間を終えることができました。
その後、運よく、松山の大学に専任が決まったので、その大学ではたった1年しか教えることはできなかったのですが、今でも何人かの学生の顔や名前を覚えています。その後、会うこともなく、学生たちも今では40歳過ぎになっている訳ですが、いったい、みんな、どんな人生を歩んでいるのでしょうか。一度くらい、この作品のことを思い出してくれる人が一人でもいればいいんですが…。
そんな、思い出のある作品を翻訳で読めるとは…という非常に個人的な感傷もありました。でも、「英語」の授業で現代イギリス作家の短編を読んで文句も言われないというのは、本当に良い時代だったのだと改めて「しみじみと」思います。
これが面白かった人は、姉妹版でアメリカ文学も出ているので合わせてどうぞ。
- 作者: アーウィン・ショー,平石貴樹,畔柳和代,舌津智之,橋本安央,堀内正規,本城誠二
- 出版社/メーカー: 松柏社
- 発売日: 2007/06/20
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
- クリック: 22回
- この商品を含むブログ (6件) を見る
これで、連休は楽しく過ごせそうですね。